【祟られ屋シリーズ第4話】 和解 : てら…こわす。~怖い話まとめちゃんねる~
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【祟られ屋シリーズ第4話】 和解

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今夜はマサさん、キムさんの出てこない話を書きたいと思う。

この話は「傷」(※第1話)と「邪教」(※第2話)の間の話です。
この事件が切っ掛けとなって、俺はアリサと知り合う事となった。

マサさんの所から帰ってきて暫く、俺は職を失って難儀していた。
俺は「後遺症」に悩まされていて、昼間の仕事が出来ないでいた。
「修行」の結果、毎夜、「霊現象」に悩まされて眠ることが出来なかったのだ。
目を覚まして、呼吸を整えて、気を張り巡らせれば簡単に跳ね除けられる。
しかし、一旦ウトウトし出すとあちこちから湧き出してきた「魍魎」が
俺の体に纏わり着き体を齧るのだ。


嫌悪感・不快感だけで実害はない。
だが、皮膚の上や下を這い回る蟻走感に全身が覆われるのだ。
想像してもらいたい。
実害がないからと言って、毎夜大量のムカデやゴキブリに素肌を這い回られる事に耐えられるだろうか?

さらに、睡魔に負けて眠ってしまうと最悪だ。
非常に生々しい夢の中で、「痛み」と共に蟲どもに身を喰われるのだ。
食い尽くされるまで目を覚ます事は出来ない。
そして、冷たい汗にびっしょりと濡れて目覚めた時、時計の針は1時間ほどしか
進んでいないのだ。
朝、日の出の光を見ると、緊張の糸がぷっつりと切れて、死んだように眠りに落ちる…
そんな日々が続いていた。


そんな訳で、俺は昼間眠り、深夜のアルバイトで食い繋いでいた。
しかし、俺の周りでは事故が多発した。
工事現場の警備員をやっていた時には、工事区間の反対側で棒を振っていた同僚の所に
暴走車が突っ込んだ。
運送会社で働いた時には、ステージから落下した荷物に潰されて同僚が圧死した。
始めは偶然と思ったが、あるとき、倉庫で働いていた同僚に黒い影が纏わり着いている
のを見た。
俺の部屋に湧き出してくるのと同じ「魍魎」だ。
その同僚は、未熟なフォークリフト運転手が崩した荷物に潰され、片足を複雑骨折する
重傷を負った。

その時俺は悟った。
俺の周りで起きる事故、それは俺に集ってくる「魍魎」によって引き起こされていたのだ。
これが修行に入る前にマサさんが警告した
「一生、霊現象の類から逃れられない体質になる」ということか・・・
俺は絶望で目の前が真っ暗になっていった。

そんな時、俺の元に繋ぎ役のシンさんから連絡があった。
シンさんの紹介の仕事をしないかと言う事だった。
俺は、もう、あの事件の関係者とは接触したくはなかった。
郷里を離れたのもそのためだ。
しかし、このままでは埒が明かない。
俺はシンさんの申し入れを受ける事にした。


シンさんが俺にコンタクトしてきたのは、共にマサさんの元で修行した友人Pの
差し金だった。
Pの母親は俺達が戻って暫くして亡くなった。
重度の鬱病であったPの母親は、Pが自宅に戻ってからというもの、
日を追う毎に衰弱していった。

そして、Pも見たのだ。
自分に纏わり着いているのと同じ魍魎が、オモニに纏わり着いているのを。
胃癌を患っている父親も長くはあるまい。
俺が戻ってくれば更に沢山の魍魎を引き寄せるだろう。
Pは1日でも長く父親に生きていて欲しかった。
幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしており、俺にとってもPの父親は
「もう一人の親父」と言える存在だった。
俺が郷里に戻れば、俺に引き寄せられた魍魎がPのアボジの命を削るだろう。
今は無事な俺の家族にも魍魎を取り付かせて不幸が及ぶかもしれない。
俺は二度と郷里には戻るまいと心に決め、シンさんの仕事を始めた。


シンさんの仕事は要するにボディーガードだった。
水商売の女や風俗嬢は、想像以上にストーカー被害を受けやすい職種らしい。
借金の取立てや引き抜きの男・店の女を食い物にしているホストなどをシメたりもしたが、殆どがストーカーからのガードだった。

ストーカー規制法がまだなかった頃、警察は「事件」が起こらなければ
全くと言っていい程、この手の問題では動かなかった。
俺の仕事は大繁盛だった。

面白いのは、夜の女たちには「霊感」の持ち主が多い事だった。
勿論、ただの自称霊感持ちの「カマッテちゃん」も多かった。
しかし、水商売でも風俗でも、目立って多くの客を惹き付ける女、
太客を何人も掴んでいる女には「本物」も多いのだ。
「きょうこママ」もそんな女・・・いや、オカマの一人だった。

ママは見た目で判るオカマだったが、非常に豪快で魅力的な人物だった。
霊感?の持ち主で、凡そママには隠し事は出来なかった。
その勘の鋭さは、盗聴や尾行でも付けているのでは?と勘繰りたくなるほどだった。
そんなママは、ゲイバーやニューハーフ・パブを3軒ほど経営しており、
その何れもが繁盛していた。

売れっ子ニューハーフの子達は性転換済みの子でも、男のマインドを残している子が多い。
逆に、ごく稀に居る本物の女の心を持った子(性同一性障害?)は、殆どの場合、
夜の仕事は続かないらしい。
客のニーズに合わなくなって厳しくなる面もあるが、
彼女達の心は、普通の女よりもナイーブで傷つき易いのだ。
ニューハーフの子達、特に売れっ子達は接客業のプロとして理想の女を演じているのだが、勘違いする客は「女」の場合よりも多い。
そして、ストーカー男は、彼女達を「女」より一段低く見て、その行動は悪質かつ卑劣にエスカレートしやすいのだ。

以前にも、ママの店の子をガードした事はあった。
しかし今回は少し違っていた。
ガードの対象は以前ママの店で働いていた事のある、今は昼間の仕事に就いている「女」だった。
それがアリサだった。


ママは俺に「あなたの悩みも解決するかもしれないから、他の仕事をキャンセルしてでも請けなさい」と言った。
初めから断るつもりはなかった。
ビジネスで成功しているママだが、決して銭金の為だけに店をやっているのではない。
店の子や、彼女達と同じ悩みを持つ行き場のない子達の居場所を作るという、
利他的な動機も大きいというのが周りの一致した見方だ。
強かな商売人だが、大きな「徳」を持ち合わせた人物なのだ。
俺はママの仕事を請け負った。

俺はママに指定されたある事務所を訪れた。
事務所に入り、そこに居た一人の女性に声を掛けた。

「済みません。橋本さんの紹介で伺った**と申します。
星野さんはいらっしゃいますか?」

「私が星野です。少々お待ちいただけますか?」・・・彼女がアリサだった。

俺は応接室に通され、そこで出された珈琲を飲みながら待った。
・・・「彼女」が対象者か・・・少し俺は驚いていた。
ママから「凄く綺麗な子よ」と言われていたが予想以上だった。
透き通るような白い肌をした、ハーフっぽい文句なしの美女だった・・・

20分程でアリサが応接室に現われた。
どうやら仕事を切り上げて、事務所を閉めたようだ。
アリサが席に着くと、俺は詳しい事情を尋ねた。
アリサは言い難いであろうことも俺に包み隠さずに話した。
きょうこママへの信頼がそうさせるのだろう。
打ち合わせが終った時にはかなり遅い時間となっていた。
席を立とうとした俺にアリサは言った。

「**さんは信用できる方だと思います。最初、お目にかかった時からそれは判りました。でも、失礼だとは思いますが、貴方が抱えている問題は私よりも辛くて大変だと思いますが・・・お願いして大丈夫ですか?
ママに私から話して、他の大丈夫な方にお願いしても良いですよ?」

・・・この女、俺が魍魎に纏わり付かれていることが判るのか・・・
それに、この女も何かに纏わり付かれている感じがする…そのことも言っているのか?

「いや、大丈夫。是非請け負わせてください。
ママもこの仕事は私の為になると言っていました。
私も貴女を見てそう感じた。やります。任せて下さい」

その日から、俺はアリサのガードを始めた。

アリサに付き纏っていたストーカーの方は割りと簡単に捕まった。
二度と近付けないように徹底的に痛めつけるのが俺の流儀だ。
恐怖を植え付けなければその場凌ぎとなり、更にストーカー行為は悪質化する。
「朝鮮式」のヤキを入れられた男は、その後はトラウマから便所の「電球」を見ただけで恐怖に震える事だろう。
まあ、今回のストーカー男はそれでも運がいい。
アリサに危害を加えていたら・・・「電球」ではなく「ポッキー」や「プリッツ」を
使っていただろう。

免許証を奪い、勤務先その他の個人情報を吐かせ、写真を撮り、誓約書と
300万円の借用書を書かせた。
法的には意味のないものだが、もし、再びアリサの身の周りに姿を出したら借用書を
ヤクザに回し、ストーカー行為の事実を妻子と職場にばらすと脅した。
当分、まともに喋る事も出来ないであろう男は首をガクガク振りながら従った。

とりあえず、俺の仕事は終った・・・だが、恐らく次があるだろう。
次に来るのは、自分の身を守る事は出来ても、祟りや呪いの類を「祓う」術を持たない俺にはどうしようもないものだが・・・
だが、俺はアリサにトコトン付き合うつもりでいた。
俺は「何かあったら遠慮なく連絡をくれ。いつでも飛んで行くから」と言って
アリサと別れた。
そして、予想よりも早く、アリサから救いを求める連絡が入った。

アリサからの連絡を受け、俺は夜の国道をバイクで飛ばした。

部屋に着き、インターホンを押すと恐怖に青ざめた顔をしたアリサが出てきた。
化粧をしていないアリサの顔は相変わらず美しいが、昼間より可愛さが増して見えた。
ストーキングする男の気持も判らなくもない・・・

アリサは俺を部屋に招き入れた。
よく整頓された広めのワンルーム。
俺はアリサから話を聞いた。

アリサの話では、俺がストーカー男をシメてアリサの元から離れてから、
常に何者かの「視線」を感じるようになったのだと言う。
かなり気にはなっていたのだが、視線に「悪意」を感じなかったので、
俺には連絡せずに我慢していたらしい。
しかし、その晩に異変が起きた。

ベッドで就寝中のアリサは、夜中に人の気配を感じて目が覚めた。
部屋の隅に誰かがいる!
しかし、金縛りにあって体は動かず声も出なかった。
恐る恐る立っている人物の顔を見ようと視線を移した瞬間、金縛りは解けた。
灯りを点け、気持ちを落ち着けようとしたアリサは、何者かの強い視線を感じて
ベランダの方を見た。
アリサが見たベランダに人影があった。
恐怖に駆られたアリサは、真夜中だったが、俺の元に助けを求める電話を掛けたというのだ。


後日、念の為、俺はきょうこママに頼んで店の子達の寮として借り上げている部屋の一つを提供してもらった。
アリサの希望もあって、暫く24時間体制でガードする事になった。
昼間は事務所の応接室や駐車場の車の中で仮眠を取り、帰宅してからアリサが
ベッドに入るまで寝て、朝まで寝ずの番をした。

昼間、事務所で仮眠している時、帰宅してアリサの近くで寝ている時、アリサの言う
何者かの「悪意のない視線」を俺も感じることが出来た。
靄に包まれたかのような漠然とした夢の中で、俺は視線の主を目にしていた。
だが、目が覚めると、夢の中で視線の主を目にしたことは思い出せるのだが、
その姿は思い出せなかった。

正直な所、アリサのお陰か?蟲のような魍魎が絡み着いてこない、アリサとの共同生活は俺にとって快適なものだった。
しかし、その晩は違っていた。

アリサが眠る横で、俺はスタンドの灯りで雑誌を読んでいた。
すると突然、猛烈な眠気が襲ってきた。
「来たな!」と思って、俺はマサさんに習ったやり方で「気」を「拡げて」、
アリサと自分を包むようにイメージした。
すると、「コロコロ」と変わった鈴の音が聞こえてきて、視線を上げた俺の前には、
50代半ば位の髪の長い女が立っていた。
感じた雰囲気から、俺はその女を生霊だと確信していた。

以前、Pの実家のラブホテルの一室で、俺に切りつけてきた女と同じ
「生々しさ」を感じたからだ。
女は俺のことが目に入らないかのように、アリサの眠るベッドを覗き込んで
アリサの頬に手を触れた。
俺は「拡げた」気の力を最大限にした。
その瞬間、女の生霊はフッと消え、俺は叫び声を上げていた。


アリサも俺の声に驚いたのか、目を覚まし、
ベッドの上で身を起こして俺の方を見ていた。
俺はたった今見たものをアリサに伝えた。
鈴の音、50代半ば位の髪の長い女、女の顔立ちの特徴、左目尻の少し大きめの泣き黒子
それが多分、生霊である事、更に鼻の奥に微かに感じた消毒薬の匂い・・・
生霊の主は病院にいるかもしれないこと・・・
アリサはポツリと答えた「多分・・・私の母です」
アリサは俺に自分の過去を話し始めた。

アメリカで生まれたアリサは8歳までアメリカ、12歳までシンガポールにいた。
父親の仕事の関係だった。
中学校進学時に帰国。母方の祖母の元に身を置いた。
祖母の元には、先に帰国して日本の高校に通っていた兄がいた。
帰国子女としての英語力への過信から入試を楽観視していた兄は、
大学受験に悉く失敗し浪人する事になった。
忙しくて不在がちな両親の元、家庭内でしか日本語を話していなかったアリサには
日本語でのコミュニケーション能力に少々難があった。
女性的な外見もあってか、中学時代のアリサには友人と呼べる者は居らず、
いじめを受け続けていたらしい。
しかし、アリサを決定的に傷付けたのは兄と母親だった。
思春期となり、女性としての性意識と自分の肉体のギャップに苦しんでいたアリサに、
受験ノイローゼなどが原因なのだろうか、兄は虐待を加えるようになったのだ。
翌年、再び受験に失敗した兄のアリサへの暴行はエスカレートする。
兄の2浪目の夏、アリサの母親は日本に帰国してきた。
アリサの父親との離婚が成立したのだ。

アリサにとって家庭にも学校にも居場所はなかった。
学校ではいじめられ、家では兄による虐待が続いていた。
祖母は外見が少し日本人的でなく、女性的なアリサを疎ましく思っていたらしく、
兄の暴行を見て見ぬ振りしていた。
また祖母と同様、母親も兄を溺愛しており、アリサには余り関心を示そうとはしなかった。

アリサの精神は崩壊寸前だった。
それに止めを刺したのが母親だった。
兄とアリサの現場を目撃した母親は、虐待を加えていた兄ではなく、
被害者であるアリサを激しく叱責したのだ。
中学2年の3学期からアリサは学校へ行かなくなり、進学先も決まらぬまま
中学卒業を迎えた。

そして、17歳の時、アリサは家を出た。
大学を中退した兄が帰ってくると聞いたからだ。
今度こそ守ってもらえる、自分が出て行くのを止めてもらえると期待して発した
「家を出る」と言う言葉に、母親はこう答えたと言う。
「そうしてくれると助かる。もう帰ってこなくていいから」
母親は実家から離れた所にアパートを借り、かなりの額が入った預金通帳を
アリサに渡すと一切自分から連絡を取らなかった。
アリサは18歳になるのと同時に、郷里を離れ、きょうこママの店で働き出した。
兄が帰ってくると聞いて、恐怖で頭が真っ白になった状態で駅のホームに立ち尽くして
いたアリサに、旅行中のきょうこママが声を掛けていたのだ。

19歳の時、アリサは大学検定に合格し、同年12月に学費の全額給費制度のある
関東の某私大を受けた。
給費生には選ばれなかったが、一般枠で合格したアリサにママは学費の貸与を申し出たが、アリサはそれを固辞した。
預金通帳には4年間大学に通うのに十分な残額があったが、アリサはそれにも手を付けようとはしなかった。
夜、ママの店で働きながら通信制の大学で学び、並行して資格試験の勉強を続けた。
途中一年間、タイで手術を受けた為に勉強は中断したが、その後復帰して卒業。
ママの紹介で入った事務所で働きながら資格の勉強を続けて翌年合格。
合格した年に、使った分を全額戻した預金通帳を実家に郵送している。
そして、アリサの合格を待っていた老所長に、最近、事務所の全権を委ねられたのだ。

アリサの中で家族、そして母親は、既に遠い、それも忌まわしい過去の存在だった。


アリサは声を荒げて「私が何をしたって言うの?これ以上どうしろっていうのよ!
いったい何の恨みがあるっていうのよ!」と叫んだ。
顔を覆った手の、細い指の間から涙がこぼれた。
無理もないのだろうが、アリサは母親に呪われていると取ったようだ。

俺はアリサに「生霊とは言っても呪いとか悪霊といった感じではなかった。
むしろ、子を想う母親って感じだった。アリサも言ってたじゃないか。
悪意のない視線を感じるって」と言った。

「それじゃ、私にどうしろって言うのよ!」

「アリサは一回実家に帰って、お母さんに会ってみるべきだ。
多分、今を逃したら、もうチャンスは無いと思う」


翌日、俺はきょうこママを呼び出してアリサの説得に掛った。
アリサの抵抗は激しかったが、
ママの「このままじゃ何の進展もないでしょ?行きなさい。
行って恨み言の一つでも言ってやりなさい」の一言でしぶしぶ折れた。
ママは俺に「アンタも行くのよ!」と言った。
俺達は、ママに借りた車でアリサの実家を目指すことになった。

出発間際に、ママは俺の胸倉を掴んで「アンタとアリサを一緒に行動させているのは、
何もエッチさせようって訳じゃないんだからね!
判ってるだろうが、女の涙を拭うのは男の仕事だよ!しっかり、いい仕事するんだよ!」と言った。
更にママは、「判ったよ」と言ってアリサが助手席で待つ車に向かおうとした俺の肩を
強く引っ張った。
そして、耳元に顔を近付け、「ところで、実際アンタ達どうなんだい?ヤッたのかい?」と言い、「何言ってんだよ、そんな訳ないじゃん」と答えた俺に、
「フン、このヘタレ!しっかり根性入れて、そっちも頑張りな」と言って、
グローブみたいにデカイ手で俺の背中を叩いた。

俺は車を走らせ、北に向かった。

高速を降りて国道を暫く行くと、アリサの実家の在る街に入った。
地図によれば、もう町内に入っている。
俺は、実家の詳しい位置を聞こうとアリサの方を見た。
アリサは酷い脂汗をかいており、浅く激しい呼吸で苦しそうだった。
その頃の俺はPTSDという言葉は知らなかったが、アリサの症状はまさにそれだったのだろう。
俺はダッシュボードからビニール袋を出し、アリサにその中に呼吸させた。
過呼吸の応急措置だ。
呼吸が落ち着いたアリサは、震える手で俺の腕を掴み「行きたくないよぉ」と言った。
「それじゃ、とりあえず俺が一人で行ってみるから、アリサは車の中で待ってて」
車を止めたコンビニのレジで道を聞き、買ってきた飲み物をアリサに渡した。
俺が「行って来る」と言うと、アリサは俺の手を握って「早く帰ってきて」といった。

アリサの実家は簡単に見つかった。
同じような大きめの民家の並ぶ通りの一角に星野家はあった。

インターホンを鳴らしたが中から応答はない。
留守か?
もう一度、ボタンを押していると近所の主婦らしい中年女性に声を掛けられた。

「星野さんに御用ですか?」

「はい。でもお留守みたいで。お帰りになられる時間とかわかりますか?」

「星野さんの奥さんは入院中だし、お兄ちゃんは出て行っちゃったし・・・
だれも居ませんよ」

星野家は、近所でも余り評判の良くない一家だったらしい。
アリサの祖母が亡くなってからは、引き篭もりだった兄の家庭内暴力は近所でも
噂の種だったそうだ。
アリサの兄は、母が倒れてからすぐに家を出たようだ。
アリサの母は、倒れてからもう半年近く入院したままなのだという。

俺は主婦にアリサの母の入院先を聞くと、車に戻り
「お母さんは今入院中だって。お兄さんはお母さんが入院してすぐ家を出たらしい。
お兄さんは居ないから大丈夫。病院へ向かうよ?」
アリサは見るからに嫌そうだったが、俺は構わずにアリサの母が入院している病院へ
車を走らせた。


入院先は隣の県の大きな病院だった。
病院に着いた時には面会時間は過ぎていたので、近くのホテルに泊まって、
翌日面会に行った。
病室は8床程の部屋で、同室は3人程か?
アリサの母は一番奥の窓側のベッドらしい。
カーテンを開け中を覗くと点滴のチューブが繋がったやせ細った「老婆」が寝ていた。
いや、還暦前の年齢だから老婆というのは正確ではないが、痩せ細り血色の悪い、
妙に黄色い肌は老人のそれだ。
だが、見ただけで先日の「生霊」の主なのは判った。
左目に特徴的な泣き黒子もある。
そして、もうあまり先は長くない事は誰の目にも明らかだった。

ベッドの前でアリサの母を見下ろしていると、ガッチリとした体格の初老の男が
声を掛けて来た。
「お見舞いの方ですか?どういったご関係で?」
アリサが「娘です」と答えると、男は顔を引きつらせて絶句した。

人の気配のせいだろうか?
アリサの母親が目を覚ました。
目の前の状況が飲み込めないのであろうか?
呆けたような顔をしてアリサの顔を見つめる。
アリサが固い声で「お母さん分かる?私よ」と言うと母親はぶわっと涙を流しながら、
ウンウンとうなずいた。
男が俺に「少し席を外しましょうか?」と言うので「じゃあ、私も」と言って男の後に
ついていった。

屋上に上がって並んでベンチに腰掛けた。
俺は男に「失礼ですが、どういったご関係の方ですか?」と尋ねると、
「昔、彼女の夫だった男です」
「えっ?アリサの・・・」
「兄の父親です。あの子が出来て、すぐに別れたのであの子に会うのは初めてですけどね。・・・話は聞いていたけど、驚きました」

アリサの母親は、結婚し出産した後も仕事を続け、日本と海外を往復する生活を続けていたようだ。
海外に出張中に夫以外の男と関係を持ってアリサを身篭り、それが元で夫とは離婚し、
息子を連れて相手の男と再婚した。
ただ、アリサを身篭ったのは酒で意識がないときの不同意での出来事だったらしい。
アリサの母の不貞とは言えないだろう。
しかし、かねてから夫は妻に仕事を辞め、家庭に入り、子育てに専念するよう諭し続けていた。
そんな折に、不同意の出来事とはいえ、他の男の子を身篭ったのでは修復は不可能だった。

アリサの祖父母と前夫は親子のように仲が良かったらしい。
アリサの母も、本心ではアリサの父ではなく前夫を愛していた。
両親の離婚の結果、兄は優しかった祖父母や父親と引き離された。
生まれたときから1年の半分は海外で、日本に居る時も仕事ばかりで育児を両親と夫に丸投げだった母親は彼にとっては他人同然だった。
そんな母に見知らぬ外国に連れて行かれた上に、新しい父親は家庭には無関心な人物だった。
親元を離れて帰国して、慣れない日本の高校に入学したのは彼自身の意思だった。
アリサ自身に責任のないこととはいえ、日本の星野家においてアリサの存在が憎悪の的となる事は、酷だが、不可避的だったようにも思われた。


病院から近いアリサの母の前夫の家に一泊し、翌日、もう一度見舞った後、
俺とアリサは帰った。
帰り際、アリサの母親に俺は「どうか、『娘』のことをよろしくお願いします」
と言われた。
アリサが母親と何を話したのかは判らない。
ただ、母と『娘』は和解出来たようだ。
アリサの母の満足そうな顔を見て、俺はアリサを連れてきた甲斐があったと思った。

帰りの車の中、俺とアリサはずっと無言だった。
途中、一度だけアリサが口を開いた。
「お母さんね、本当は女の子が欲しかったんだって。・・・初めから女の子に産んであげられなくてごめんねだって」
「・・・そうか」
「・・・うん。・・・ありがとね」

それから暫くして、アリサの母親は亡くなった。
俺とアリサは再びアリサの郷里へと向かった。


通夜と葬儀はアリサの実家で行われた。
近所の人と親戚が数名来ただけで淋しい葬儀だった。
お経を上げに来ていたお坊さんが、帰り際、俺に声をかけてきた。
どうしても気になることがあるので、何とか時間を作って寺に来て欲しいと言う。
おれも、このお坊さんに逢った時から何か感じるものがあったので、
その日の晩に寺を訪ねた。

俺は葬儀に来ていたお坊さんに案内されて、住職の前に通された。
余り大きな寺ではなかったが、住職には迫力と言うか、物凄い威厳があった。
そこらの葬式坊主からは絶対に感じられないプレッシャーに俺は圧倒された。
住職は俺のことを無言のまま嘗め回すように見続けた。
そして、暫く考え込むと、開口一番、俺に言った。

「お若いの、あんたどこかで宗教的な『行』を齧ったことはないかね?
他言はしないから話してみなさい」

俺は驚いたが、この住職は俺の問題解決の糸口になると確信が持てたので、
マサさんの元へ行ってからの事を全て話した。
この住職は、中途半端に「行」を齧って「魔境」に落ちた若者を何人も見たことが
あるそうだ。
「魔境」は、超能力だの徐霊だのを売り物にして、信者に修業と称して「行」を行わせる新興宗教の信者に多いらしい。

住職が例として上げた宗教団体は、そっち方面に疎い俺でも知っている名前がいくつも含まれていた。☆☆ムや阿★★、☆☆A、★★★光、etc・・・

住職の話によると、以前マサさんにも言われたように、
『行』には、一定の法則に従った身体や精神の操作技法と言う側面があるらしい。
あくまで「技術」だから、法則に則った「行」であれば、生理的反応として、
ある程度の「験」を得ることは比較的容易らしい。

住職は俺に蝋燭の炎を回転させたり細長く伸ばしたり、リズミカルに伸び縮みさせるといった「念力」を見せてくれた。
住職曰く「やり方さえ理解できれば、子供でも3日で出来るようになる宴会芸」
だそうだ。
「霊感」を身に付け、人には見えないもの(霊の類)が見えるようになると言った程度なら誰でも比較的短期間で身に付くそうだ。
また、そういったレベルなら「修行」などしなくても、何かの拍子に目覚めてしまう事も少なくないということだ。
ただ、先天的にそういった力や素養を持っている人は、「本能」として対処しているのでさほど問題はないが、「行」は非常に危険なものらしい。

「験」ないし「力」は、霊魂や魍魎にとっては「暗闇の中の篝火」のようなもので、
そういった「悪いもの」を引き寄せるのだそうだ。
素養のない者が「行」を行い、「験」や「力」を得ることは、無防備のまま「悪いもの」
に身を晒すことに他ならない。
持つべきでない「力」に翻弄され、「悪いもの」に取り込まれた状態を住職は「魔境」
と称しているようだ。
「魔境」に陥るのを避け、そこから脱するには「功徳」を積み、より高い「行」を積む
必要があるらしい。
その為には「出家でもするしかないだろうな」ということだ。

俺がマサさんにされた事、今の俺の状態は、
言わば「エンジンのリミッターを外してフルスペックにした状態」らしい。
リミッターで3000回転しか回せなかったものをレッドゾーンまで回るようにしたが、
オイルもガソリンも入っていない状態ということだ。

解決策は「当面、マサさんに教えられた『行』を続けること、
金銭やその他の現世的な欲望を原動力とした行動は慎むこと」らしい。

新興宗教団体の『行』が、多くの場合『魔境』しか産まないのは、
『現世利益』を原動力にしてしまうことが大きな原因らしい。
『欲』を原動力とした行動は『徳』を減らすものらしい。
逆に利他的な動機に基づいた行動は『功徳』を増やす。
そのような行動を『布施』と言うそうだ。

「だからといって、教祖や坊主に大金を『お布施』したからって功徳なんぞ積めんよ」
とは住職の弁。

住職はマサさんを
「面白い男だ。他人にこれだけの『験』を施せる力があれば、
一代でデカイ教団の一つも興せるだろうに。
『行』への取り組みは普通の宗教家のそれではない。
目の黒いうちに是非一度会ってみたいものだ」
と評した。

戻った俺は、マサさんに習った「修行」を再開し始めた。
住職の指摘の通り、それは全く以って「宗教的」ではないものだったが・・・


俺とアリサは部屋の鍵を返しに、きょうこママの店を営業時間の終わり近くに訪れた。
アリサとの共同生活が終ってしまうのは、正直、少し寂しくもあった。

席に座ってきょうこママに事の顛末を話す。
きょうこママは黙って頷きながら俺とアリサの話を聞く。
アリサの元同僚のニューハーフのお姉ちゃん達も興味深そうに聞いている。

俺とアリサが話し終わると、きょうこママが口を開いた。

「面白い話だった。だ・け・ど、アタシの聞きたいのはそんな話じゃないんだよね~」

他のお姉ちゃん達も期待に満ちた目でウンウン頷く。

「アンタ達、あれだけ長~い時間一緒に居たんだから、何かあっただろ?
そこの所を包み隠さず詳しく話しなさい」

「何も話すことはありません」

「えー、つまんない~。話せ、全部吐け」お姉ちゃんの一人が煽る。
人の顔を指で突っつくな!
俺はアリサの方を見て「何もなかったよな!」と言い、アリサも頷いた。

「本っ当に何もなかったのかい?呆れたね。タマは付いてるのかい、このヘタレ!」

お姉ちゃん達が同調し、いつの間にか店内ヘタレコールとブーイングの嵐。
他のボックスの客も混ざってるし・・・

「アリサ何とか言ってくれ!」

「・・・ヘ・タ・レ」

乱痴気騒ぎは朝まで続いた。
それ以降、アリサは俺の最も親しい女友達の一人になった。


終わり


次回の話を読む


【引用元:死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?183】

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この記事へのコメント

  1. 怖い名無しさん 2014年08月10日 01:24:05

    小説読んでる気分
    面白いな
  2. 怖い名無しさん 2014年12月13日 14:10:15

    泣けた (TдT)
  3. 怖い名無しさん 2015年06月01日 06:51:39

    何かなぁ…まだ4話までしか読んでないけど、話の運びや設定の安定感が薄く感じる


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