【祟られ屋シリーズ第19話】 傷跡 : てら…こわす。~怖い話まとめちゃんねる~
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【祟られ屋シリーズ第19話】 傷跡

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木島氏の元から戻った俺はしばらく悩んでいた。

悩みの原因は、マサさんの『叔母』、一木燿子の霊視だった。
燿子の言うところの『定められた日』…俺の死期はそう遠いものではないらしい。
そのこと自体は、少し前の俺にとっては大した問題ではなかった。
そう、アリサを失ってからの俺にとっては、どうでも良いことだったのだ。
失って惜しいモノは何もないと、イサムと出かけたロングツーリングを利用して、
失踪しようとまで考えていた。

だが、今はそうもいかない。
俺には、どうしても片付けなければならない問題があったのだ。

俺は、実家に電話を入れると、イサムを誘ってバイクで実家に戻った。


実家に戻ると、両親と妹、下宿して定時制高校に通う真実(マミ)が
俺たちを迎えた。

「この馬鹿息子!マミちゃんを預かる条件として約束したわよね?
 どんなに忙しくても、月に一度は帰ってきなさいって!
 片道3時間の所に住んでいるくせに、何ヶ月帰ってこなかったの?
 約束が違うでしょ!」

「ごめんなさい……」

マミが母に謝った。

「何で?マミちゃんが謝る必要はないでしょう?
 あなたはウチの娘なんだから、
 嫌だと言っても、お嫁に行くまで家に居てもらうわよ」

「悪かったよ。理由はコイツに聞いてくれよ」

俺は、家族にイサムを紹介し、
イサムは俺とロングツーリングに出かけていたことを話した。

「先輩の妹さんって、美人ですよね。スタイルも良いし」

「そうか?でも、アイツは止めておいた方が良いぞ」

「なんで?」

「……性格が無茶苦茶キツイからな。
 軽い口喧嘩でも、情け容赦なしに人の心を折りに来るぞ?
 それに、腐り切って三次元の男に興味がない上に、ガチ百合だ。
 結婚とかするタマじゃねえ。
 お陰で、完全に、パーフェクトな嫁き遅れだ。
 あんなの貰ったら人生の不良債権化間違えなしだ」

「……そこまで言います?」

「ああ。お前も今頃、受けだの攻めだのって、
 くだらない妄想のダシにされているかもな」

「……」

「それより、マミちゃんはどうよ?あんな腐った年増の不良債権女より、
 お前にはピッタリな子だと思うけどな」

「ああ、確かに可愛い子ですよね。
 ただ、影があるというか……訳ありっぽいな、と」

「やっぱり、判るか……」

「ええ。……姉さんと、似た雰囲気があるから。何となくね」

「でも、すごく良い子なんだ。仲良くしてやってくれ」
 
そんなことを話していると、妹が夕食の準備が出来たと呼びに来た。

「黙って聞いていれば人のことを悪し様に言いたい放題。
 私は腐女子でもレズでも何でもないって言うの!
 私だってね、炊事洗濯、家事一般が完璧で
 いつも家にいてくれる可愛い子が居れば、いつでも結婚してやるよ?
 別に稼いでこなくても、しっかり喰わせてやるし。
 忙しくて出会いがないだけだって!」

「お前なぁ、そう言うのを世間一般では『嫁』って言うんだ。
 こんなオヤジ化した年増女じゃ誰も相手にしないよ」

「イサム君、こんなクソ兄貴を相手にすると馬鹿が移るよ?
 せっかくイケてるのに、もったいない」

「お兄ちゃん、晩御飯食べたらお父さんの部屋に来てね。話があるそうだから」
 
マミは、俺と妹の久子が両親に頼み込んで実家で預かって貰っていた。
今でこそ、家事一般を積極的にこなし、定時制ではあるが高校に通うなど
外出もできるようになったが、ここまで道のりは平坦ではなかった。
俺たちの実家に来た頃のマミは心身ともにボロボロに傷付いて、
自殺の可能性すらあったのだ。

マミを実の娘……或いは、抱く事の叶わなかった孫のように
可愛がってくれた俺の両親と、主治医としての久子のケアのお陰だろう。
俺とマミの出会いは、奈津子と出会った事件の後、
マサさんが静養中だった頃に遡る。


俺は、中学時代の友人の葬儀に出席していた。
ヒロコは3年生のときのクラスメイト、リョウタは水泳部で一緒だった。
中学時代のヒロコは、かなりぽっちゃりしていたが明るい性格で、
友人的な意味で男子からも女子からも人気のある子だった。
リョウタは少々お調子者だったが、イケメンでスポーツ万能なヤツだったので、
密かに思いを寄せていた女子は多かった。
同学年や後輩の女子にリョウタのことを相談されたことは
2度や3度では無かったので間違いない。
ヒロコもそんな中の一人だった。
ヒロコがリョウタの事を好きだったのは公然の秘密だった。

だが、多くの女子に思いを寄せられていたリョウタは、1学年上の先輩一筋だった。
全く相手にされていなかったのだが、リョウタは周りに自分の思いを公言していた。
基本的にアホだったリョウタが、先輩の進学した学区で2番目の高校に
猛勉強して進学したのは恋のパワー成せる業だったのだろう。
高校進学後、先輩に告白してフラれた話は、度々本人がネタにしていたので、
仲間内では笑い話になっていた。

そんなリョウタとヒロコが大学生の頃に学生結婚したのには驚かされたものだ。
俺は、結婚式には身内の不幸があったので参加できなかったが、
祝電を送ったのを覚えている。

中学の同級生で葬儀に来ていたのは、ヒロコと小学校から大学まで一緒で
仲の良かったマサミと、リョウタと仲が良く同じ高校に進学した吉田。
卒業から20年も経つと、仲が良かったとしても中学時代の友人の参列者は
こんなものだろう。
明日、俺が死んだとしても、葬儀に出席しそうなのはPとその他数名といった所だろう。
それだって、多い方に違いない。

ヒロコとリョウタの死因を結婚後も付き合いのあったマサミに聞いてみた。
暖房器具の不完全燃焼による一酸化炭素中毒だったらしい。
……今時、そんなのありかよ。
だが、年代物のボロアパートに住んでいた俺も注意することにした。
俺にヒロコとリョウタの葬儀の連絡をしてきたのは藤田という男だった。
3年生の時のクラスメイトと言っていたが、俺に藤田の記憶は全く無かった。
手元に卒業アルバムもなかったので確認の仕様も無かったが、
担任の先生の名前と他のクラスメイトの名前は合っていた。
失礼な話だが、俺の方が忘れていただけだろう。
俺は吉田に尋ねた。

「藤田って来てないよね?
 俺は、藤田から連絡を貰って葬儀の事を知ったんだけどさ」

「藤田?ああ、確か、そんなヤツがいたな。
 でも、お前、藤田と同じクラスだったことってあったっけ?」

「実は、覚えが無いんだよな。どんなヤツだっけ?」

「俺も、お前に名前を聞いて思い出したくらいで、殆ど覚えが無いんだよな」

「そうか」

俺は、マサミと吉田と暫く話した後、少々距離はあったが
タクシーを待つのも面倒なので、歩いて駅へ向かっていた。
駅に向かって歩いていると後方から声を掛けられた。

「おい、XXだろ?俺だよ、藤田だよ!」

顔に見覚えは無かったが、声には聞き覚えがある。
俺の携帯に電話を掛けてきた声の主だ。
メタボって禿げ始めていた吉田も初めは誰か判らなかったので
特に疑問は持たなかった。

「おう!遅かったんだな」

「ああ。先に用事があってな。一足違いだったみたいだな」

俺と藤田は、どうでも良い話題を話しながら駅へ向かって歩いていた。
駅が近付いてくると藤田が急に話題を変えた。

「Pに聞いたんだけどさ、お前、拝み屋って言うの?
 『そっち系』の仕事をしているんだって?」

俺は答えに困った。
クライアントや仕事の関係者以外に俺の『裏の仕事』の事は知られたくないからだ。
俺の家族さえ俺の『裏の仕事』の事は知らないのだ。
俺の家族とキムさんや権さん達との間には、
俺の入院中の見舞いなどで面識はあったが、
姉を除いて只の勤務先の上司としか思っていなかった。
Pもそのことは知っている。Pは口の軽い男ではない。

「どうしても、相談に乗ってもらいたいことがあるんだ。
 話だけでも聞いてくれないか?」

渋々だったが、俺は藤田と近くのファミレスに入った。

「お前さ、『エンジェル様』事件って覚えている?」

「ああ」

『エンジェル様』とは、降霊術の一種として有名な『コックリさん』の
数あるヴァージョンの一つだ。

俺が中学2年生だった頃、この『エンジェル様』が
俺の通っていた中学校と近隣の小学校で大流行したのだ。
俺は余り興味が無かったので参加しなかったのだが、
休み時間になると教室の何箇所かで
エンジェル様に興じる連中がいたことを覚えている。

藤田の話を聞いていて思い出したのだが、
この『エンジェル様』の流行は妙な方向へと流れて行った。
『自分専用』のエンジェル様を『呼び出す』連中が現れたのだ。
上手く説明し難いのだが、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の
『スタンド』みたいなものか?
異常に盛り上がったオカルト熱と、
所謂『中二病』の複合感染みたいなものだったのだろう。

だが、この自分専用のエンジェル様を『降ろせる』と称する連中を中心に、
クラスの中に『派閥』のようなものが形成されていった。
派閥同士が対立して、教室内の雰囲気が妙に殺伐としていたのを覚えている。
そんな中で『事件』が起こった。

授業中に隣のクラスの女生徒が錯乱状態に陥って暴れたのだ。
隣の教室から他の女生徒の悲鳴と騒ぎが聞こえてきた。
確か、俺達のクラスは『保健』の授業をしていたと思う。
ごついガタイをした男性体育教師が廊下に出て行った。
恐らく、その体育教師は女性徒を取り押さえようとしたのだろう。
だが、体育教師が女性徒に殴られ騒ぎは更に大きくなった。
怪我の内容は知らないが、殴られた体育教師は重傷だったらしく
事件のあと1ヶ月ほど休職した。
取り押さえようとした教師を振り切った女生徒は俺達の教室にやってきて、
鉄製のドアに嵌め込まれたガラス窓を素手で叩き割った。
割れたガラスは厚さが1cm近くあって、
成人男性が力いっぱい殴ったとしても素手で割るのはかなり難しそうだった。
それを細身の女生徒が叩き割ったのだ。

俺や他の傍観組は、初めは女生徒の『芝居』だと思っていた。
『エンジェル様』はエスカレートして、トランス状態に陥った『振り』をするヤツや、
『口寄せ』の真似事までするヤツが現れていたからだ。
だが、錯乱した女生徒の起こした事件は、傍観組も騒然とさせた。
俺達の教室のあった校舎の階は大混乱となり、
その日の授業はその時間で中止となり、
2年生は全員下校となったのを覚えている。

学校側は事態を重く見てエンジェル様は禁止された。
当然の措置と言えるだろう。
その後も、隠れてエンジェル様を行っているところを見つかって
反省文を書かされた連中もいた。
だが、学年が変わるころにはエンジェル様の流行は完全に終息していた。
問題の女生徒は、確か卒業アルバムに名前があったので
転校などはしていないはずだが、その後、学校で姿を見ることはなかった。

「あれって、殆ど自作自演だっただろ?
 今となっては、恥ずかしい青春の1ページってやつ。お前も、やってたクチ?」

「ああ、確かに。皆で握っていた鉛筆を動かしたりしてさ。でも……」

「でも?」

「俺、ヒロコ達とエンジェル様をやったことがあるんだ」

「ああ、アイツ、そう言うの好きそうだったからな」

「その時、みんなで握っていた鉛筆を動かしたんだ。
 ヒロコはリョウタと結婚するって。
 ほら、ヒロコがリョウタのことを好きだったのはみんな知ってたからさ」

「それで?」

「ヒロコのヤツが『子供は何人?』って聞いたから、
 オチを付ける位の軽い気持ちで動かしたんだ。
 子供が生まれる前に2人とも死ぬって。
 …知ってる?ヒロコってお目出度だったんだぜ!」

「ただの偶然だろ?」

「それじゃ、青木のことは知ってる?」

「確か、ブラバンやっていたヤツだよな?
 クラスも一緒になったことないし…しらない」

「高校生の時、海で溺れて死んだんだ」

「へえ……」

「やっぱり、その時動かしたんだ、『3年後に溺死』って」

「それで?」

「その時のエンジェル様で出たんだよ」

「何が?」

「俺が死ぬって……首を吊って自殺するって!」

「それって、お前が動かしたの」

「俺じゃない!」

「それじゃあ、お前と同じように他の誰かが動かしたんだろ?
 お前自身に首を括る予定は無いんだろ?考え過ぎだって」

「でもさ、あの時の『エンジェル様』を仕切っていたのは川村だったんだよ!」

川村とは、錯乱して事件を起こした、問題の女性徒だ。

「そう言えば、川村ってどうなったの?
 確か、卒業アルバムに名前は有ったはずだけど、
 あの後、学校に来ていなかっただろう?」

「川村は、何軒か医者に掛かったり、あちこちで御祓いを受けたみたいだけど、
 結局、元には戻らなかったんだ。
 両親が離婚して、今も母親の実家にいるよ」

「詳しいんだな」

「幼稚園の頃からの幼馴染だからな」

「その時、他に『エンジェル様』をやっていたヤツっているの?」

「川村と青木、ヒロコと菅田、それと川上だ」

川上は、俺が高校時代に付き合っていた彼女『由花(ユファ)』が
中学卒業まで使っていた通名だ。
ユファの事は別れ方が最悪だったので、聞きたくなかった。

「ふうん。……そう言えば、菅田ってヒロコ達と仲良かったよな?
 今日は来てなかったけど、今、どうしているか知ってる?」

「知らない」

菅田は、幼稚園入園前からのユファの幼馴染で、いつもユファと一緒にいた子だ。
大人しいが、非常に頭の良い子だった。
成績は、学年で常にトップクラスだった。
気が強く口煩い姉と妹に挟まれた中学時代の俺は、活発なタイプのユファよりも、
物静かで大人びた雰囲気の菅田に惹かれていた。

「とにかく、気にしすぎだと思うぜ?
 どうしてもと言うなら御祓いの紹介くらいはするけど。
 気になって眠れないとかなら、心療内科でカウンセリングでも受けた方が良いよ。
 御祓いなんて、所詮、気休めでしかないからな」

そう言って、俺は藤田と別れた。
 
後日、Pに会ったとき、多少の抗議を込めて藤田と彼に聞いた事を話した。
睨む様な目付きでPは俺に向かって言った。

「お前は、その時、何も気付かなかったのか?」

「何のことだ?」

「俺は藤田にお前のことを話したりはしていない。
 それは無理な相談だからな。
 藤田は、ずいぶん前に死んでいるよ」

「……本当か?」

「本当だ。俺達が高校に進学して直ぐだよ。首吊り自殺だ。
 藤田のお袋さんは、ウチの店でずっとパートで働いていたからな。
 通夜にも行ったよ」

俺は言葉を失った。
Pは、彼の知っている事情を話し始めた。


藤田と川村、青木は幼稚園の頃からの幼馴染だったらしい。
俺に藤田についての記憶が無いのは無理の無いことだった。
藤田は1年生の3学期から不登校となり、その後、1度も登校していないからだ。
藤田の不登校の原因は、川村、青木を中心とするグループによる『いじめ』だった。
いじめグループにはユファも居たそうだ。
クラス内で求心力のあった川村たちの行動に異を唱える者はいなかった。
藤田へのクラスメイトのいじめはエスカレートして行った。
そんなクラスメイト達の行動を諌めた者が一人だけいた。
ユファの幼馴染、菅田ミユキだった。

だが、菅田の諌言は、いじめグループの行動の火に油を注ぐ結果となった。
藤田は、菅田の目の前で下半身を裸にされて、
射精するまでセンズリを扱かされたらしい。
耐え難い、惨い虐めだ。
菅田の前で藤田にセンズリを扱かせようと提案したのはヒロコだったそうだ。
翌日から、藤田が登校することは二度と無かった。
藤田が不登校になると『いじめ』のターゲットは菅田に変わったようだ。
1学年11クラスあった中での他のクラスの事でもあったし、
当時の俺は全く気付かず、今、Pに聞いて初めて知った事実だった。

「待てよ、それじゃ、藤田が『エンジェル様』に参加するのは……」

「まあ、常識的に考えて無理だろうな。でも、お前の話は大筋で合っているよ。
 ところで、お前さ、『エンジェル様』のルールって知ってる?」

「知らない。やったこと無いからな」

「他ではどうだか知らないけれど、俺達の学校で流行った『エンジェル様』は、
 必ず5人でやるんだよ。
 それ以上でも、それ以下の人数でも駄目なんだ」

「えっ?……川村、青木、ヒロコ、菅田、ユファで5人だぞ?」

「……或いは、エンジェル様の鉛筆を藤田が動かしたと言う話は、
 本当なのかもしれないな」

俺は気になって、Pに疑問をぶつけた。

「お前、随分と事情に詳しいんだな?」

Pは、これまでの長い付き合いで始めて見せるような、苦い表情で言った。

「いま、俺が関わっている案件のクライアントに関わることだからな……。
 中学時代の同級生を当たって調べたんだよ。
 お前の為にも、クライアントの為にも、お前だけには知られたくは無かったんだ。
 だが、こんな形でお前に知れるのは、何かの縁なんだろうな」
 
思いもしなかった形で、過去の黒い影が俺を捉えた瞬間だった。


後日、俺はPのクライアントに引き合わされた。
高校時代、俺の彼女だったユファの幼馴染で、
中学時代の同級生だった菅田ミユキだった。
ミユキが現れたことも驚きだったが、俺を見た彼女の反応は更に俺を驚かせた。

「P君、なんでXX君を連れてきたの!」

物凄い剣幕だった。……女のヒステリーは苦手だ。
俺は彼女に嫌われるようなことをしていたかな?
少々怯み気味に俺はミユキに言葉を掛けた。

「久しぶり…その、なんだ、俺がここに来ちゃ不味かったのかな?」

Pはミユキを宥めながら、俺がここに来た理由、
藤田と『エンジェル様』に関わる話を説明した。
Pの説明の後、俺はミユキに尋ねた。

「何があった?」

Pは一通のミユキ宛の封書を取り出した。
中には紙が一枚。
『エンジェル様』の文字盤だ。
文字盤には赤いペンで、このような文句が書かれていた。

「呪。****」

ミユキによると、****とは、川村が呼び出したと言う、
彼女専用の『天使』の名前だそうだ。

「私、藤田君に恨まれているのかな?」

「藤田の不登校の原因になった『あれ』か?
 お前は、他のクラスメイト達を諌めて止めようとしたんだ。
 『あれ』は、その結果に過ぎない。恨むならもっと恨むべき人間がいるはずだ。
 それとも、他に何かあるのか?」

「うん。あのことがある少し前、私、藤田君に告白されたんだ。
 嬉しかった。……でも、断ったの。私、他に好きな人がいたから」

「……そうか、でも、それは仕方の無いことだろ?」

「でもね、その事で藤田君、クラスの皆にからかわれていたから。
 私が原因なのに、私が余計な口出しをしたから、あんな酷いことをされて……」

「でも、それで藤田がお前の事を恨むとかは無いと思うぞ?」

「そうかな?……そうだと良いのだけど。
 ……藤田君、死んじゃったんだね。わたし、全然知らなかった」

ミユキはボロボロと涙を流しながら嗚咽を漏らした。
俺は、ミユキが泣き止むのを待って質問した。

「封書の差出人に心当たりはあるの?」

ミユキは中々答えようとしない。
答えないミユキに代わってPが口を開いた。

「お前には知られたくなかったが……由花(ユファ)だよ」

「ユファが何故?お前たち、仲が良かったんじゃないのかよ?」

ミユキは興奮気味に言った。

「私たちが仲が良かったって?本気で言ってる?
 XX君って、素直って言うか、本当に昔から鈍いよね。
 だから、ユファに裏切られていたことにも気付かなかったんだよね」

ミユキの言葉は俺の胸にチクリと突き刺さった。

「……ごめん。でもね、ユファと私は仲良しなんかじゃない。
 私は、小さい頃からユファの奴隷だったわ。
 昔からユファは私の持っているものを何でも欲しがって、全て奪って行ったわ」

そう言えば、ミユキは藤田が不登校になった後、
ユファ達からいじめを受けていたのだ。
俺やPと同じ高校に進学するはずだったミユキは、県外の私立に進学していた。
いじめが原因……いや、ユファから逃げるためだったのか?

「ねえ、XX君、覚えているかな?
 わたし、中3の2学期に入院したことがあったでしょう?」

「ああ、盲腸だったっけ?
 内申書の成績が出る一番大事な時期だったからな。
 その所為で、県外の私立を受けることになったんだと思っていた。
 ほら、お前もH高を受けるとばかり思っていたからさ」

「…私の初体験の相手はトイレのモップの柄だったわ。
 力任せに突っ込まれたから、お陰で一生子供の産めない体にされちゃったけどね」

無表情に酷く冷たい目をしながらミユキは語った。
思いがけず聞かされた、余りにエグイ話に俺は言葉を失った。

「ユファに……なのか?」

「ええ……。それと、ヒロコたちね」

俺の中で、楽しかったはずの中学時代の思い出が
ドロドロとした真っ黒なものに変色していった。

「でもね、それは耐えられた。やっと、ユファから逃げられると思ったから」

「まだ、……何かあったのか?」

「XX君って、残酷だよね。それを私に話させる?」

「……何のことだ?」

「卒業式のあと、美術準備室であったこと、覚えているよね?」


中学の卒業式が始まる前、俺はヒロコに呼ばれてこう言われた。

「式が終わったら美術準備室に行って。
 待っている子が居るから。判っているわね?
 女の子に恥をかかせるんじゃないわよ」

リョウタみたいにモテるタイプではなかった俺は
ドキドキしながら式が終わるのを待った。
式が終了し、最後のHRが終わった。
クラスメート達と写真を撮り、部活の後輩達から花を貰ったあと、
ヒロコの『早く行け!』というアイコンタクトに従って、俺は美術準備室へ向かった。
美術室に入り扉を閉め、準備室のドアを開くと奥の机にユファが座っていた。

「ええっと、ヒロコに聞いて来たんだけどさ、俺を呼んだのってユファ?」

「うん。来てくれないかと思った。
 ほら、XXと私って、高校別々になっちゃうじゃない?
 だから言っておきたいことがあって」

俺はドキドキしながら答えた。

「言っておきたいことって?」

「XX……君って、好きな子とか、付き合っている子って居る?」

「いないよ」

「……私のこと嫌い?」

「いや、そんな事はない」

「じゃあ、高校に行っても、私と付き合ってくれる?」

「うん、いいよ」

「うれしい!」

こんなやり取りをした後、
俺とユファはあんな事をしたい、こんな所へ行ってみたいなどと
取り留めのない話をしていた。
そのあと、確かユファが髪留を外して、掌の上に乗せて言ったのだ。

「ねえ、見て」

俺は少し腰をかがめて髪留を見た。

「目をつぶって」

目をつぶるとユファは、俺の唇に唇を重ねてきた。
唇を重ねると、そのまま柔らかく抱きついてきた。
ユファのやわらかい唇の感触に童貞街道まっしぐらだった俺はフル勃起していた。
耳まで真っ赤に染めたユファが言った。

「これで、私とXXって、恋人同士だよね?」

「……ああ!」

「じゃあ、これからもよろしくね!」

ミユキが話し始めた。
「卒業式のあと、私、美術準備室へ行ったんだよ。手紙を持ってね。
 ヒロコが、私に酷いことをしてきた罪滅ぼしに協力するって……
 わたしって、馬鹿だよね。
 そんな言葉を信じて、徹夜で手紙を書いて、
 二度と行きたくなかった学校に行って。
 それで、XX君が待ってるからと言われて、
 一生分の勇気を振り絞って美術準備室に行ったら……」

「行ったら?」

「中に……XX君とユファが居た。ユファと目が合って、
 思わずドアの影に隠れたわ。
 それで、もう一度、準備室の中を覗いたら……。
 あなたとユファがキスしてた。
 もういいでしょ!」


俺は、心底オンナが、いや、人間の悪意を怖いと思った。
ユファとの思い出は、最後に彼女の裏切りにあって苦いものとなっていた。
何も、被害者面をするつもりはない。
男女間での事だ。
俺の方にも大いに非はある。
だが、ミユキの話を聞いて、俺の知らなかった、
いや、薄々は気付いていたユファの黒い一面を知って、
俺の背中に冷たいものが走った。
一時は何も見えなくなるくらいに好きだった女が、
得体の知れない怪物だった、そんな恐怖心だった。

俺は、ミユキに「お前は『エンジェル様』に何て言われたんだ?」と尋ねた。
ミユキは震えながら言った。

「大勢の目の前でレイプされた上で、首を絞められて殺されるって」

ミユキは怯え切っていた。
ミユキが帰った後、Pは俺に話した。
藤田がミユキの前で自慰行為をさせられた件には、
もっと酷い前置きがあったのだ。

問題の虐めがあった日、首謀者の川村はユファや他の連中に
藤田とミユキを取り押さえさせて、ミユキの下着も剥ぎ取って言ったそうだ。

「藤田ぁ~、菅田に振られて、笑いものにされて、お気の毒。
 さすがに可哀想だから、協力してあげる。ここで菅田とSEXしなよ。
 みんなで見届けてあげるから。
 菅田も、お前にイかしてもらったら、惚れ直して告白を受け入れてくれるかもよ?」

ミユキは泣き叫び、藤田は必死に抵抗したらしい。
その場にいた男子生徒にボコボコにされ、
周りから「早くやれ!」と囃し立てられたそうだ。
藤田は泣きながら「それだけは勘弁してくれ」と哀願した。
そして、ヒロコが提案した。
ミユキをオカズにセンズリを扱いて、射精したら勘弁してやると。
恐らく、エンジェル様の『お告げ』は、この前置きがあった上での
川村たちの嫌がらせと脅迫だったのだろう。

その後もミユキへの『いじめ』は続きエスカレートして、
彼女は複数の女生徒たち(男子生徒もいた可能性がある)にトイレで暴行を受け、
回復不能な深い傷を負わされたのだ。
俺の胸の底に吐き気がこみ上げてきた。
心神喪失のままの川村にこの脅迫状は出せまい。
他にエンジェル様の『お告げ』を知っていて、
脅迫状を出せるのはユファしかいない。
俺は、Pに「協力させてくれ」と頼んだ。

俺は、これまで知らなかった過去の闇の中に足を踏み出した。


俺はまず、ユファの行方を捜した。

俺とユファの出会いは小学生の頃に遡る。
子供の頃の俺は、かなりの虚弱児だった。
俺は、小学校低学年の頃に川で溺れ、死に掛けたことがあった。
近くにいた大人に救助されて溺死は免れたが、
その後、暫く高熱を発し危なかったらしい。
高熱で脳にダメージでも負ったのか、俺はそれ以前の記憶が殆ど無い。
この事は、以前の投稿で既に触れた。
それまで俺の父親は、ひ弱だった俺を家から殆ど出さず、
何のまじないかは知らないが、服まで女物を着せて、酷く過保護に育てたらしい。

そんな父は、俺が回復すると、教育方針を180度転換した。
他に何もしなくて良いから体だけは鍛えろと、
親友だったPの父親の紹介で俺を近所の空手道場に放り込んだのだ。
とばっちりを受ける形でPも一緒に入門した。
俺が『運動馬鹿』になる第一歩だった。

この空手道場にいたのがユファの兄の『李先輩』だった。
俺とPが入門した頃、まだ中学生だった李先輩は、
稽古に耐え切れず練習中に度々ぶっ倒れた俺を
背負って家まで送ってくれたりした。
高校生になると道場に顔を出す機会は減ったが、
稽古の後、実家で経営している焼肉店に俺とPを連れて行った。
「沢山喰って体をデカくするのも稽古の内だ。お前はひ弱なんだから、
人一倍がんばって食わなきゃ駄目だぞ」と言って飯を食わせてくれたものだ。
小学校から朝鮮学校に通い、高校ではラグビー部に所属していた先輩は、
名センターだったらしい。
だが、地元ではラグビーでの名声よりも、喧嘩の武勇伝の方が有名だった。

自宅に良く招かれた関係で、妹の由花(ユファ)とは小学生の頃から
よく知った間柄だった。
ついでに、ユファといつも一緒にいたミユキとも顔見知りだった。
小学校時代、ミユキ以外のユファの友達はユファの事を
『川上さん』とか『ユカちゃん』と呼んでいた。
他の子が居るときは、ミユキもそうだった。

俺やPと通っている学校は違ったが、ユファは『川上 由花』という通名で
ミユキと同じ日本の小学校に通っていたのだ。
李先輩がユファの友達、特に幼馴染のミユキに気を使って居たのは
子供心にも良く判った。
妹、ユファに対する溺愛ぶりもだ。
俺とPにとって、李先輩は、子供好きで面倒見が良く、
兄馬鹿で、ちょっと怖いところもある兄貴のような存在だった。
高校進学を期にユファは通名を使うのを止めたのだが、
中学時代には皆から『ユファ』と呼ばれて通名を使う意味はなくなっていた。
 
中学の卒業式の日にユファから告白を受け、付き合う事になった俺は、
既に社会人となり、実家を出ていた李先輩に呼び出された。
卒業祝いと言う割には、Pとミユキの姿はなかった。
「まあ、飲め」と言われ、「押忍」と答えて両手で差し出したコップに
李先輩がビールを注いだ。
初めて飲んだビールは苦く、中々飲み干せなかった。

「ところでさ、お前ら付き合ってるんだって?」

俺は飲んでいたビールを噴出しそうになった。

「お、押忍、ユファと……いえ、妹さんと交際させて頂いてます!」

「ふ~ん、そうなんだ。ところで、お前ら、もうヤったの?」

俺は耳まで赤くなっているのを感じながら、慌てて答えた。

「滅相も無い!まだ、手も握っていません!」少しだけ嘘をついた。

「だよな~。お前、無茶苦茶オクテそうだもんな」

「はあ、……」

助け舟か、ユファが李先輩に食って掛かった。

「お兄ちゃん、いい加減にしてよ!」

「お前は少し黙っていろ!」

そう言われると、ユファは膨れっ面をしながらも黙った。

「ヤリたい盛りのお前にこんな事を言うのは酷かもしれないけれど、
 半端な真似は許さないよ?
 どうしてもヤリたいと言うなら無理には止めないが、
 俺とタイマンを張る覚悟はしてくれ。
 そう言う事は自分で自分のケツが拭けるようになってから、
 自分の力で女と餓鬼を食わせられるようになってからにしておけ」

「……押忍」

そして、更に厳しい顔つきでユファに向かって言った。

「高校生になった妹の恋愛にまでクチを挟む気はないが、
 出来ました堕胎しますは絶対に許さないからな?
 どんな理由があっても、人殺しは許さない。
 誰が相手でも産ませてキッチリ責任を取らせるからそう思え」

「判っているわよ!」

「判っていれば、それでいい。健全で高校生らしい男女交際に励んでくれ。
 おい、XX、何だかんだ言っても、コイツの付き合う相手がお前で安心しているんだ。
 ワガママで気の強い女だけど、宜しく頼むよ」

そう言うと、やっと李先輩は笑顔を見せた。
どこまでも兄馬鹿な人だな、と、緊張の解けた俺は微笑ましく思った。
俺は、そんな先輩を尊敬していたし、堪らなく好きだった。

高校生活と共に俺達の交際も本格的にスタートした。
だが、初めから何かがおかしかった。
周りの連中に言われるまでもなく、人目を惹く『華』のあったユファと俺が
『釣り合っていない』ことは自覚していた。
俺はユファに夢中だったが、同時に、彼女と会う毎に不安が増していった。
彼女に嫌われていると言う事はなかった。それは判った。
だが、愛されている自信も無かった。
少なくとも俺が好きだと想っているほどには、
彼女は俺の事が好きではなかったのだろう。
逢瀬を重ねるほどに、俺は自信を喪失していった。

やがて、16歳の誕生日を迎えた俺は、親や学校に隠れて中免を取った。
バイト代や預金をはたいて中古のバイクを手に入れてからは、
バイクに嵌まり込んでいった。
まだポケベルさえ普及しておらず、携帯電話など無かった頃なので、
連絡は家の電話で取っていた。
だが、姉と妹、特に妹が、何故かユファを良く思っていなかったらしく、
俺が電話したり、ユファから電話が来ると露骨に機嫌が悪くなった。
放課後の俺は、ガス代やタイヤ代稼ぎのバイトに明け暮れ、
膝に潰した空き缶をガムテで貼り付け、夜な夜な峠で膝摺り修行に邁進した。
ユファの方も、急に経営が傾き出し、
従業員を解雇した実家の焼肉店の手伝いで忙しそうだった。
通っている学校も違っていたので、俺達の逢う頻度はどんどん下がって行った。
電話も、姉や妹への引け目から余りしなくなっていたので、
話す機会も少なくなっていた。

そして、決定的だったのは高校2年生の時のクリスマスだった。
先輩の警告を破って、半分賭けのつもりでユファに迫った俺は、
見事に彼女に拒絶された。
やがて3年生になり、大学受験の準備に入った俺は出遅れを取り戻すために、
連日、選択の補習授業に出るようになった。
ユファとは公衆電話から電話を掛けてたまに話はしたが、殆ど逢う事はなかった。
次に逢う時には別れ話を切り出されそうで怖かったのだ。

俺にとって、バイクも受験勉強も、
ユファを失う恐怖から目を逸らすための逃避行動だったように思う。
やがて年末となり、大学受験の本番が目の前に迫っていた。
クリスマスもユファとは会っていなかった。
冬休みに入っていたが、自習室として開放されていた学校の図書室で
閉室時間まで勉強していた俺は、帰り道で5・6人の男達に囲まれた。
男達は朝鮮高校の制服を着ていた。
俺は朝鮮高校に何人か知り合いもいたし、
特に彼らとトラブルを起こした覚えも無かった。

「H高のXXだな?悪いが、顔を貸してもらえるか?」

駅は目の前だ。リーダー格のコイツをブチのめして、
ダッシュで改札に飛び込めば逃げ切れるか?
……いや、無理だろう。
こういった事に関しては彼らに抜かりはない。
改札前やホームに人を貼り付けているはずだ。
誰の命令かは知らないが、彼らが失敗した時に
『先輩』から加えられる『ヤキ』は苛烈を極めるのだ。
恐怖に縛られた彼らから逃げ遂せるのは不可能だろう。
俺は、「わかった」と言って、彼らと共に移動した。

連れて行かれた先には意外な人物が待ち構えていた。
李先輩だった。
李先輩は鬼の形相だった。

「オ、押忍!お久しぶりです」

「ああ。ところでお前、以前、俺と交わした約束は覚えているな?」

「押忍」

「ならば準備しろ。タイマンだ。死ぬ気で掛かって来い。殺す気で相手をしてやる」

「嫌です」

「何だと?今更逃げる気か?」

「いいえ。でも、俺には先輩が何を言っているか判りません」

「とぼけるつもりか?ユファのヤツの様子がおかしいとオモニから相談されて、
 まさかと思って病院に連れて行ったら、本当に、まさかだったよ。
 半端な真似は許さないと言ってあったよな?」

まさか……。俺はショックから立って居られなくなり、その場に座り込んだ。
そして、精一杯に強がって言った。

「煮るなと焼くなと好きにして下さい。でも、先輩とタイマンは張れません。
 俺はユファとは何もしていません!」

俺はこの時、泣いていたのだと思う。
李先輩は俺を抱き締めて言った。

「本当に済まなかったな。お前は嘘を言っていない。俺には判っている」


「XXはこう言ってるぞ!お前の本当の相手は誰なんだ?」
朝高生の男2人に脇を抱えられたユファが俺と李先輩の前に引き出されて来た。

「嘘よ。相手はXXよ。他に有り得ないでしょ!XXもそう言ってよ!」

……誰だ、この女?
ユファに良く似た姿をしているが、他人の空似に違いない。
この女はユファじゃない。
堪らなく好きだった、俺のユファじゃない!
他人だ。ユファに良く似た他人だ。でなければ、悪い夢を見ているんだ!

「いい加減にしないか!」

李先輩はユファを平手で叩いた。
兄馬鹿で、幼い頃からユファを溺愛していた先輩が、
妹に手を上げたのは初めての事だったのだろう。
ユファは一瞬、何が起こったのか理解できなかったようだ。
暫くきょとんとしていたかと思うと、やがて大声で泣き始めた。
李先輩は朝高生の一人に朝鮮語で何かを命令した。
「イエー!(はい)」と答えたその男は何処かに行った。

何処か近くに待機していたのか、10分ほどすると車が1台入ってきた。
車の後部座席から、見るからに柄の悪そうな男2人に脇を抱えられた、
20代後半か30代前半くらいの男が引き出されてきた。
運転席からは男達の兄貴分だろうか?
見るからに貫禄のあるスーツ姿の男が降りてきた。
李先輩はスーツ姿の男に深々と頭を下げた。
引き出されてきた男を見たユファは半狂乱になって叫んだ。

「違う、その人じゃないの!XXなのよ、信じてよ!」

俺は、もう、全てがどうでも良くなっていた。
李先輩は酷く冷たい声色でユファに言った。

「いい加減にしろ。男女の恋愛沙汰だ。
 別れる別れないとか、他に好きな男が出来るとかは良くあることだ。
 そんな事はどうでもいい。それはお前とXXの問題だ。
 だが、お前のやっている事は何だ?
 お前のやっている事は余りに誠意と言うものが無いじゃないか!」

李先輩は、ユファの相手の男に歩み寄った。

「お前、人の妹に、未成年に手を出しやがって……。責任は取ってもらうからな?」

更にユファに向かって言った。

「出来ました、堕胎しますは許さない。
 誰が相手でも産ませるといった事は覚えているな?
 どんな形であれ、人殺しは許さない。
 自分の行動の責任は自分で取るんだ。
 子供は産んでしっかり育てろ」

「ふざけるな、冗談じゃない!」相手の男が悲鳴のように叫んだ。

「俺には妻も子供も居るんだ。そんなことをされたら身の破滅だ」

「なんだと?それじゃあ、妻子持ちが高校生の餓鬼を騙して弄んだというのか?
 俺の妹に、初めから捨てるつもりで手を出したのか?」

「あ、遊びだったんだ。軽い気持ちで、こんな事になるとは思っていなかったんだ!」

……この馬鹿!
この場に居る誰もが緊張した。
これから、この場所で殺人が行われる。
だが、李先輩は冷静だった。

先輩はユファに向かって言った。

「店は畳む。オモニは俺が引き取る。
 お前には、アボジが残してくれたあの家をやろう。だが、それだけだ。
 お前とは縁を切る。もう兄でもなければ妹でもない。
 俺にも、オモニにも、それからXXにも二度と近付くな」

そして、俺の両肩に手を置いて、声を震わせながら言った。

「こんな事になって、本当に済まない。
 ……ユファの相手がお前だったら、良かったんだけどな。
 あんな馬鹿な妹で、本当に済まなかった。
 俺達兄妹とのこれまでの事はなかったものとして忘れてくれ」

先輩の目からは涙が溢れていた。
始めて見る、李先輩の涙だった。
……声が詰まって俺は何も言えなかった。
スーツの男に李先輩が言った。

「すみません、彼を送ってやって下さい。お願いします」

それから、李先輩とユファがどうなったのか俺は知らない。
俺からユファを奪った、あの男がどうなったのか、
生死も含めて知る事は出来ない。
俺は受験に失敗して浪人する事になった。
ユファ達の家には、いつの間にか売家の札が貼られていた。


俺は、キムさんが『裏の仕事』でよく利用する調査会社の男に
ユファの行方調査を依頼した。
呪詛や心霊関係にも明るく、そのような方面からの切り口で調査を進められる
稀有な人材だ。

「アンタが社長を通さずに直接俺に調査を依頼するとは珍しいな。
 『あっち方面』の依頼か?」

「ああ。ちょっとした呪詛絡みでね。人を探してもらいたいんだ」

「探すのは構わないが、あんたの個人的依頼と言う事になると結構掛かるよ?」

「その点は大丈夫だ。スポンサーが居るんでね」

「そうか、1週間……いや、10日待ってくれ」
 
2週間後、調査会社の男が調査報告書を持って来た。

「アンタにしては掛かったな」

「ああ。意外にてこずったよ。だが忠告しておく。

あんたは、この報告書を見ないほうがいい」

「なぜ?」

「……あんた、その女に惚れていたんだろ?他にも色々とあるんだが、辛いぞ?」

「おいおい、半人前かもしれないが、俺も一応はプロだぜ?」

「そうだったな」

彼が言ったように、調査報告書の内容は、俺にとって衝撃的で辛い内容だった。


李先輩とその母親は10年前の震災で亡くなっていた。
俺もPも知らなかった事実だった。
別れた後のユファの足跡も読んでいて辛いものがあった。
ユファは高校を卒業後、女の子を出産していた。
兄に厳しく言い渡されていたとはいえ、堕胎せずに出産していた事に俺は驚いた。
その後のユファの人生は男の食い物にされる人生だった。

最初は自宅を売りアパートを借りる際に頼った不動産業者の男だった。
ユファの実家を売った金は、1・2年で使い果たされ、
金が無くなると男はユファと子供を捨てて逃げたようだ。
男が逃げて直ぐに、ユファはスーパーのパート店員から水商売に転じた。
其処でのユファの評判は余り芳しいものではなかった。
店の売り上げを持ち逃げした、客から多額の借金をして行方をくらました等、
悪評が付いて回った。
水商売の世界に居られなくなり、やがて風俗嬢に。
ヘルスからソープを経て、某新地へ。
新地時代のユファのヒモだった男の名を見て俺は驚愕した。
三瀬……中学時代の同級生だった。
ユファが新地で働いていた頃、俺は三瀬に会った事があったのだ。

俺が、バイトでバーテンをしていた店に三瀬が2・3人の女を伴ってやってきたのだ。
当時の三瀬は、まだ、大学生だった。
俺の居た店は、大学生が出入りするには少々高い店だった。
まあ、場違いなバカボン大学生が来る事も無かったわけではなかったので、
その時は別に疑問も持たなかった。
偶然の再会……を喜び合った俺たちは、一緒に遊びに行く事を約束して別れた。
後日、俺は三瀬の車に乗って、彼と遊びに出かけた。
彼の車はFD、ピカピカの新車だった。

「金回りが良いんだな」

「まあね」

そんな三瀬に連れられて行ったのが、報告書にあった某新地だったのだ。
報告書と俺の記憶を照合すると、俺はユファのヒモだった三瀬に、
ユファが働いていた新地に連れて行かれたことになる。
その頃は、俺の女遊びが一番激しかった時期だった。
何周か店をひやかして歩き回った。
中にはそそられる女もいたが、風呂もシャワーも無いと言う事で、
その不潔さから「俺はいいや」と言って店に上がる事はなかった。
報告書を読みながら、俺は心拍が上がり呼吸が苦しくなって行くのを感じた。

報告書には無かったので俺は調査会社の男に
「三瀬は、いまどうしているんだ?」と尋ねた。
何度か留年を重ねて大学を卒業した後、三瀬は一旦就職したが、
すぐに退職して無職だったようだ。
ユファのヒモを続けていたのだろう。
その後、ユファに逃げられ、覚せい剤取締法違反で逮捕され収監されている。
自己使用だけでなく売人もやっていたようだ。
出所後、更に2度収監され、今でも中毒者ということだった。
俺は、更に報告書を読み進めた。

三瀬から逃げたユファは、迫田というチンピラの情婦になっていた。
迫田は薬物事犯や暴力事犯での逮捕歴が二桁近くある男で、
関東の某組から『赤札破門』『関東所払い』を受けて流れて来たようだ。
通常の破門ならば拾ってくれる組もあったのだろうが、
『赤札破門』の迫田を拾ってくれる組は無く、当然堅気にも戻れなかった。
迫田はユファを使って『美人局』を行って生計を立てていたようだ。
確かに、読んでいて辛い内容だった。

だが、最後の項目を目にした俺は、激しい怒りに捕らわれた。
信じ難く、許せない内容だった。
李先輩やおばさんが生きていたら、絶対に許さなかっただろう。
俺は、調査会社の男に「これは本当なのか?」と、確認した。

「本当の事だ」

ユファと迫田は、ユファの娘を使って『美人局』を行っていたのだ。


ユファの調査は進めたが、俺はユファと、できれば直接に関わるつもりは無かった。
だが、無視する事は出来なかった。
絶縁したとはいえ、李先輩が生きていて、この事を知ったならば、
やはり放置しなかったはずだからだ。
こんな形で、この事を知ったのは先輩の導きかもしれない。
この際、ユファの事はどうでもよかった。
だが、ユファの娘は何とかしたかった。
巡り合わせ次第では、俺の『娘』だったかも知れない子だからだ。
俺はユファ達の棲む町へと向かった。
 
事に移る前に、俺は地元のヤクザに金を包み、話を通しに行った。
話はすんなりと進んだ。

「ああ、あの胸糞の悪いチンピラと朝鮮ピーだな。
  最近調子に乗りすぎていて、目障りだったんだ。好きにしてかまわない。
  手出しも口出しもしないよ」

そう言って、そのヤクザはユファの娘を拾う方法まで教えてくれた。


ユファの娘が客を拾っていたのは、川沿いのラブホテル街だった。
夜の通りに7・8人の30代から50代くらいまでの中年女性が立っていた。
女を物色していると思われる男たちが、川沿いを何度も往復していた。
往復している男たちに女が世間話を装って話しかけ、
見極めたうえで交渉に入るようだ。
俺は男たちに倣って川沿いの道を何往復かしてみた。
ユファの娘らしき女は立っていなかった。
それはそれで構わない。
やがて、一人の女が話しかけてきた。

「お兄さん、さっきからずっと歩いてるよね。夜のお散歩?」

「まあね」

少し雑談していると、女が切り出してきた。

「お兄さん、これから遊びに行かない?」

「遊び?」

「判ってるんでしょ?ホテル代別でショートでイチゴー、ロングなら3だけど、
 お兄さんならニーゴでいいわよ?」

「今日はいいや」

「お目当ての子が居るの?」

「ああ。この辺に高校生くらいの子が立ってるって、ネットで見てさ」

「ああ、あの子ね。あの子は火曜日か木曜日にしか来ないよ。
  その先のローOンの前の橋のところに10時位から立つけど…
  止めた方がいいわよ」

「なんで?」

「あの子、お客の財布からお金を抜くのよ。それがばれると……判るでしょ?」

「美人局か」

「そうそう!それで、悪い噂が立っちゃって、私たちも迷惑してるのよね」

俺は女と別れて、その日は撤収した。
何度か空振りした末に、俺はユファの娘を捕まえる事に成功した。

「ホテル代別で3。朝までなら5よ」

「お、強気だね」

「嫌なら……別にいいんだよ」

金髪にして、少し荒んだ感じだったが、娘には昔のユファの面影が確かにあった。
まだ幼い顔立ちと、細すぎる肩。
正直、胸が痛んだ。

「OK!5だな。朝まで楽しもうぜ」

俺は、彼女に付いて少し先のラブホテルに入った。

「お金。前金でお願い」

「嫌だね」

「……それなら帰る」

「それも駄目だ」

「……お金、出しておいた方がいいよ?」

「迫田には連絡したのか?まだだったら電話しろよ」

彼女は、驚いてはいたが妙に落ち着いていた。

「あなた、警察の人?」

「いいや。……妙に落ち着いてるんだな」

「そう?……私なんて、どうなっても、……どうでもいいから」

彼女の手首にはリストカットの痕が幾筋も残っていた。

「逃げた方がいいわよ?迫田って、無茶苦茶だから。オジサン、殺されちゃうよ」

「俺が逃げたら、お前が酷い目に合うんじゃないか?」

「そうかもね。でも、殺されはしないだろうし……。
  『仕事』をしなくちゃいけないから、そんなに酷くはやられないと思う……」

正直、痛ましくってやっていられなかった。

「どうせ、下の出口にでも待ってるんだろ?とりあえず、ここに呼べよ」

彼女が電話すると直ぐに迫田が上がってきた。
ドアの鍵は開いていた。
室内に入って「てめえ、人の娘に……」と言うか言わないかのタイミングで
俺は迫田に襲い掛かった。
虚を衝かれ、怒りに歯止めが利かなくなった俺の暴力に晒された迫田は
動かなくなっていた。
まあ、死にはしないだろう。
こんなクズは、死んだところで問題はないが、
死んだら死んだで面倒なので生きていた方が都合は良かった。

「こいつ、お前の親父なの?」

「違うよ。母さんのオトコ」

「お前の母さんは、……お前がこんな事をさせられているのを知ってるのか?」

「……うん」

「お前の本当の父親は?」

「良くは知らないけど、母さんを捨てて逃げちゃったらしいよ。私のせいだって」

「……そうか」

「オジサン、何なの?私をどうするつもり?」

「どうもしないよ。俺は、李 ユファの、……君のお母さんの昔の知り合いなんだ。
 君のお母さんに会いたい。案内してくれないか?」

「いいよ」

車の中で聞かれた。

「オジサンは母さんの昔の知り合いなんでしょ?
 私のお父さん、母さんの彼氏だった人のこと、…どんな人だったか知ってる?」

「さあな。俺は中学生の頃の同級生だから」

「……そうなんだ。ほら、そこの角を右に曲がって……あれよ」

ユファ達が住んでいたのは、三階建てのコンクリート作りの建物が
5棟ほど建った古い団地だった。
建物のひとつの階段を上り、二階の右側の鉄扉を彼女が開けると
アルコールと生ゴミの混ざったような悪臭が鼻を突いた。
室内はゴミが散乱していて汚い。
彼女が「ただいま……」と消え入りそうな弱々しい声を発すると、
灯りの消えた真っ暗な部屋の奥から女の声が聞こえた。

「あ……ん?早いんじゃない?あの人はどうしたの?一緒じゃないの?」

彼女は俯いたまま、黙って立ち尽くしていた。

「黙っていないで、何とか言え!」

怒号と共に何かが飛んできた。
飲み残しの入ったビールの空き缶だった。
ブチッと、俺の中で何かが切れるのを感じた。
俺は、明かりを点けて部屋の奥に踏み込んだ。
何日も櫛を通していないようなボサボサ髪に薄汚れて
犬小屋の毛布のような臭気を発するTシャツ一枚の女が眩しそうに顔をしかめた。
俺は酒臭い女の髪を掴んで風呂場に引きずっていき、
薄汚れた水が張りっぱなしになった浴槽の中に放り込んだ。
「だれ?何をするのよ!」と叫ぶ女に、更にシャワーで水をぶっ掛ける。

「俺が判るか?ユファ!」

一瞬、呆然とした表情を見せた後、ユファは口を開いた。

「XX……なの?何で、ここに……?」

「何でも、糞も無い。何なんだ、このザマは?」

「アンタには関係ないでしょ!」

「ああ、関係ないね。お前がどうなろうが知った事じゃない。
 けどな、お前らが娘にやらせている事は見過ごせねえ。
 ……おまえら、人間じゃねえよ。なんでこうなった?」

ユファは、吐き捨てるように言った。

「何を偉そうに。この子と一緒と言う事は、この子を『買った』んでしょ?
 やる事をやっておいて、大口を叩くんじゃないわよ。同じ穴の狢じゃない!」

ユファは怒気の篭った声で娘に言った。

「何でこんな奴をここに連れて来たの!迫田はどうしたのよ!」

「あの人は、……この人にやられちゃった」

「アハッ、迫田がXXに?無理よ。XXはね、小っちゃくて弱っちいんだよ。
 背だって私の方が大きかったし、足だって私の方が速かったんだ」

……いつの話だ?虚弱だった小学生の時分、俺が初めてユファに逢った頃の話か。

「そうだ、XXは弱い子だから、私が助けてやらないといけないんだ…
 お兄ちゃんが言ってた」

何か様子がおかしい。
酒で泥酔しているからだと思ったが、明らかに挙動がおかしく、
話す内容も要領を得ない。
そう言えば、ユファのヒモをしていた三瀬は薬物事犯で服役したし、
迫田も薬物事犯の累犯犯罪者だ。
薬物中毒か……。

「XX、早くここを出て行って!迫田が戻ってきたら、私もあなたも殺されちゃうよ!」

ユファも娘も、迫田に暴力で支配されていたのは間違えないだろう。
俺は娘に言った。

「悪いようにはしないから、俺と一緒に来い」

「無理だよ。私もお母さんも迫田に殺されちゃうよ?」

「その迫田から逃げるんだよ。迫田はさっきのホテルでまだノビてる。
 逃げるなら今しかないぞ?
 ここに居て、迫田が戻って来たら、また同じ事の繰り返しだぞ?
 一緒に来い。何があっても今の状況よりはマシだろう?」

「……判った」

「ユファ、嫌だと言っても、お前には一緒に来てもらう。
 問い質さなければならない事があるからな。
 2人とも、身の回りの荷物を纏めろ。30分後に出るぞ」
 
俺はPに連絡を入れ、彼とミユキの元へと向かった。


俺は、Pの元にユファとその娘を連れて行った。
ユファは思った通り、重度の覚醒剤中毒だった。
艶を失くした髪や肌はボロボロで老婆のよう。
重度の覚醒剤中毒患者に特有の症状らしいが、歯がボロボロに腐り、
腐敗したキムチのような耐え難い口臭を放っていた。
痩せ細り骨ばった体は30代の女のそれではない。
やはり薬物中毒患者に多いと言う肝疾患を患っていたため、
黄疸で白目も黄色く変色していた。
変り果てたユファの姿に、俺は少なからぬ衝撃を受けた。
俺は、ある医師を頼りユファと娘を診させた。
だが、その前にすることがあった。
ミユキに送られてきた『脅迫状』について問い質さなければならない。
 
ミユキとユファが対面したのは、中学卒業以来、20年ぶりのことだった。
ミユキは、あまりに変わり果てたユファの姿に絶句していた。
ユファは、俯いたままミユキの顔を見ようとしない。
Pが、ユファにミユキに送られてきた脅迫状、
『呪。****』と赤文字で書かれた『エンジェル様』の文字盤を見せながら言った。

「手短に聞こう。これをミユキに送りつけたのはお前か?」

「いいえ」

「本当に?」

「ええ、本当よ。
 でもね、ミユキや他のみんなを呪っていなかったかと言われれば、
 嘘になるけどね。
 XX、あんたの事もね」

Pがそれまでの経緯をユファに話して聞かせた。
ユファは驚いていたが、「結局、エンジェル様のお告げは全て当たったのね」と呟いた。

俺は、ユファに尋ねた。
「お前は『エンジェル様』に何て言われたんだ?」と。
ユファは声を震わせて答えた。

「一生、生き地獄……」

俺は何と言って良いか判らなかった。
代わりに尋ねた。

「ミユキに脅迫状を送りつけた主に心当たりはないか?」

ユファは首を横に振った。
……振り出しか。
最後に、俺はユファに訊ねた。

「なぜ、ミユキにあんな真似をしたんだ?
 お前たち、友達じゃなかったのかよ」

「そうね、私にとっては唯ひとりの友達かもね。
 私を初めから本名で、『ユカ』じゃなくて、
 ちゃんと『ユファ』と呼んでくれていたのはミユキだけだったからね」

「だったら、何故?」

「友達だから、ミユキの下に立つことは絶対に出来なかったのよ」

「なんだよ、上とか下って!……友達というのは対等なものじゃないのか?」

「アンタには判らないでしょうね。……P、アンタになら判るでしょう?」

Pは苦々しい表情で言った。

「……ああ。わかるよ」

「ミユキは、私がどんなに頑張っても敵わない位に頭も良かったし、
 女の私から見ても羨ましいくらいに可愛かったからね……。
 何をやっても敵わない。……そんなミユキの下に立ったら、惨めじゃない。
 アンタやPだって、兄さんだって私よりミユキの方が好きだったでしょう?」

「待てよ、少なくとも先輩は、いつもお前のことが第一だったじゃないか。
 ミユキがお前の一番の友達だったから、気を使っていただけだろ?
 俺だって、お前と付き合っていたじゃないか。
 少なくとも、俺は本気でお前のことが好きだったぞ?」

「いいえ、それは嘘。でなければ、あなたがそう思い込もうとしていただけ」

俺が言い返そうとするのを遮るようにミユキが言った。

「卒業式の日、美術準備室であったことは、なんだったのよ?」

「兄さんはね、あなたのことが好きだったのよ。本当にね。
 まあ、あの兄さんだから、あなたが気づかなくても仕方ないけどね。
 なのに、あなたはXXまで……許せなかったわ。
 …ねえ、XX。あなた、あの日、告白したのが私じゃなくてミユキだったら、
 ミユキと付き合っていたんじゃない?
 私よりも、ミユキに告白された方が嬉しかったんじゃない?」

「もしもの話をされてもな……。
 俺はお前と付き合った。あの日のことは物凄く嬉しかった。
 舞い上がるくらいにな。それだけだ」

「相変わらず、狡いのね。……もういいでしょう?疲れたわ」


事件は振り出しに戻った。
俺とPは、千津子と奈津子の『力』によって負ったダメージから回復するために
静養中のマサさんに相談してみた。
マサさんは言った。

「お前たちは、ひとつ大事なことを見落としているぞ?
 もう一人、ミユキを含めた『エンジェル様』のメンバー全員を呪う人物がいるだろう」

 
「誰ですか?」

「判らないか?藤田の母親だよ。
 それとな、川村が呼び出した天使『****』と言うのは、
 韓国のあるキリスト教会で猛威を振るった『巫神』……悪魔の名前なんだ。
 その辺も含めてもう一度洗い直してみろ」



俺とPは、藤田・川村を中心に過去を洗い直した。
すると、意外な事実が浮かび上がってきた。
藤田家と川村家は、両家に子供が生まれる前から接点があった。
両家はあるキリスト教会の信者であり、その教会の牧師は韓国人だった。
俺の母親もクリスチャンだがカソリックなので、
プロテスタント系の地元のその教会には通っていなかった。
その韓国人牧師には、韓国人聖職者にありがちな問題行動があった。
藤田の母親は、Pの実家が経営する店でパート店員として働き、
一人息子の藤田を女手一つで育てていた。
藤田の父親は、藤田が小学生の時に自殺している。
川村の両親も、川村が中学生の頃から夫婦仲が悪化し、
娘が心神喪失状態になると父親が家を出て帰らなくなり、やがて離婚が成立した。

Pが主に動いて、意外な、そしておぞましい事実が明らかになった。
藤田の父親の自殺と川村の父親の出奔の原因は、共に妻の不貞だった。
そして、妻たちの不倫の相手は、共に教会の韓国人牧師だった。
その牧師が川村と藤田の本当の父親だったのだ。
更に、川村の問題行動……藤田への悪質で執拗ないじめが始まる少し前に、
凶悪な事件が起こっていた。
中学生になったばかりの川村は、血縁上の父親でもある韓国人牧師に
強姦されていたのだ。
事件を揉み消すために、教会から信者に多額の金が流れ、
問題の韓国人牧師は韓国に帰国していた。

この韓国人牧師は日本に来る前、韓国の教会で起こったある事件に連座して
韓国の宗教界に居られなくなり、その過去を隠して来日していた。
その事件とは、聖職者数名が未成年者を含めた多数の信者女性を集めて
『サバト』を開いていたというものらしい。
川村が呼び出した天使……いや、悪魔『****』とは、
その『サバト』で呼び出されていたモノらしい。
どうやら、問題の韓国人牧師は日本でも『サバト』を開いていたようだ。
そこで、川村は牧師に強姦され、父親の自殺時に藤田が知ることになった
自らの出生の秘密を知る事になったようだ。
川村が幼馴染の藤田に抱き続けた恋心は激しい憎悪に変わり、
その憎悪は藤田が想いを寄せた菅田ミユキにも向けられた。


俺たちは、藤田の母親を問い詰めた。
藤田の母親は、驚くほどあっさりと、ミユキに脅迫状を送った事実を認めた。
息子を自殺に追い込んだ連中の幸せな様子が許せなかった……らしい。
だが、それだけではなかった。
韓国人牧師に逃げられた藤田の母親は、父親の自殺以降、
自分に軽蔑の視線を送り続けていた我が子を『****』に捧げていた。
息子を生贄に、牧師の『寵愛』を奪った川村を呪ったというのだ。
狂っている……そう形容するしか言葉が思いつかなかった。

そんな、藤田の母親の怨念に再び火をつけたのは、
息子が想いを寄せていた、菅田ミユキの結婚話だった。
ミユキはPのプロポーズを受け入れていたのだ。
そうだ、思えばPは小学生の頃、
俺と一緒に李先輩の所に遊びに行っていた頃からミユキが好きだったのだ。
Pは、長いあいだミユキの相談に乗り続け、彼女を支えていた。

「水臭いじゃないか、P!
 おめでとう。何で話してくれなかったんだ?」

「……全て片付いてから話すつもりだったんだ。
 それに、ミユキと結婚する前に、やっておかなければならないことがあるからな」

「やっておかなければならないこと?」

「ああ、俺は、呪術の世界の一切と、マサさん達と今度こそ手を切る。
 恐らく、すんなりとは抜けることは出来ないだろう。
 だが、俺は、ミユキ以外の全てを失っても、絶対に抜けてみせる」

「そうか……」

「だから、お前とも……」

「判るよ……皆まで言わなくていい」

「すまない、俺がお前をこんな世界に引き摺り込む原因を作ったのに……」

「Pそれは違う……こういう形だっただけで、こうなることは必然だったんだ。
 うまく抜けて、ミユキを幸せにしてやってくれ。
 もし、俺がお払い箱になって足を洗うことができたら、
 その時は就職の斡旋でもしてくれよ」

「ああ、必ずな。待っているよ……必ず来てくれ」


俺は、ユファのことを弁護士をしている大学時代の友人に頼んだ。
彼女は、DVや少年問題をライフワークにしている。
彼女の活躍で、ユファには執行猶予が付き、実刑は受けずに済んだ。
しかし、彼女はもう手遅れの状態だった。
肝臓を完全にやられ、売春や薬物中毒といった経歴から
恐れていた感染症にも罹患し、既に症状が出始めていた。
俺は、妹の久子にマミの診察と治療を依頼した。
最悪の事態も含めて、ある程度の予想はしていたが、
マミは数種類の病気に感染していた。
だが、不幸中の幸いで、マミの罹っていた病気は、全て治療可能なものだった。
しかし、他方で、慢性化していた病は、マミから受胎能力を奪い去っていた。
そして、肉体よりも精神的なダメージの方がより深刻だった。
自殺願望が強く、拒食の傾向が顕著に出ていたのだ。


俺は、療養中のユファに面会に行った。
精神医療のことは全く判らないので、医師の指示に従うしかなかったのだが、
マミはユファには会わせない方が良いらしい。
死相の浮かんだユファは、痩せこけて老婆のようだった。
俺は、カサカサで骨張った小さな手を握った。
俺が手を握ると、ユファが目を覚ました。
暫く無言の状態が続いたが、俺は特に答えを聞くつもりもなく言った。

「俺たち、なんでこんな風になっちまたのかな……」

ユファが俺を見つめながら言った。

「あなたの妹さん……久子ちゃんって言ったかしら?
 あの子に言われたのよ……お兄ちゃんは、ずっと無理をしているって。
 私と付き合うようになってから、あなたが全然笑わなくなったって……
 お兄ちゃんのことが好きじゃないなら、もう解放してあげて下さいってね。
 泣きながらよ?……ブラコンよね、重症の」

「ブラコンについては、お前は人のことは言えないだろ?」

「そうかもね。でもね、妹さんに言われて、納得したわ。
 私、付き合っている間、あなたの笑顔を見たことなかったもの。
 子供の頃、お兄ちゃんやミユキたちと遊んでいた頃は、
 あなたはよく笑っていたのにね。
 私、あなたの笑顔が大好きだったの」

「無理をしていると言えばそうだったかもな。
 臭い言い方をすれば、お前は俺にとっては眩しすぎたから。
 周りの連中にも言われていたけれど、俺は、お前とは釣り合っていないってね。
 妙なコンプレックスを感じていたのは確かだよ。
 結局、俺はお前と向き合うことから逃げていたんだよな」

「馬鹿ね。私から、あなたに告白したのよ……
 周りから何を言われても関係ないじゃない?
 何も気にしないで、私だけ見てくれていたら良かったのにね」

「そうだな」

「あのクリスマスの夜……なんで、途中で止めて、何もしないで帰っちゃったの?
 すごく、悲しかった」

「お前に拒絶されたと思って……判っているよ、俺がヘタレだったんだよ。
 妙なコンプレックスを持っていて、萎縮してしまったんだ」

「私たち、付き合うのが少し早すぎたのかもね…
 もう少し、大人になってから付き合えば、幸せになれたかも。
 少なくとも、マミをあんな風にはさせなかった…
 あの子を愛してあげられたかも知れないのにね」

「……」

「あの子が、あなたの子だったら……」

「苦労することが分かっていても、お前はあの子を産んだ…
 堕ろすって選択肢だってあったのにな。
 それに、あの子を産んだあとだって、捨てると言う選択肢があったはずだ。
 でも、お前はそうしなかった。……
 それは、心の底では、お前があの子を愛してるってことじゃないか?
 そうでなければ、俺は今日、お前に会いに来ることはなかったよ」

「でもね、あの子を見ていると、お兄ちゃんやミユキ、
 それにあなたを裏切った自分の愚かさを突き付けられるのよ。
 自業自得なのは分かっているの。
 それなのに…何の罪もないあの子を傷つけてしまうのよ。
 わたし、あの子の笑ったところを一度も見たことがない……」

ユファは泣き始めた。そして、言った。

「こんなことを頼めた義理ではないのは判っている。
 でも、私にはあの子の事を見届ける時間はないと思うから…
 あの子のことをお願いします」
 

その後、色々とあったが、俺と妹が両親に頼み込み、弁護士の友人や、
その他多くの人々の働きがあって、マミは俺の実家に身を寄せることになった。


夕食のあと、俺は父の書斎に行った。
そこで、両親に切り出された。

「マミちゃんの事なんだが……素子と久子の了解はとってある。
 後は、お前の了解を得るだけなんだ」

「……なんだよ」

「あの子の事情は、全て知っている。
 その上での事なんだが、お前さえよければ、あの子を養女に迎えたいんだ。
 私と母さんが生きている間にあの子を嫁にでも出してあげられれば良いのだけど、
 父さんも母さんも、もう年だからな」

「いい話じゃないか。俺に異存はないよ。ありがとう」

「そうか!あの子の前で揉めるのは避けたかったんだ。
 それじゃ、あの子に話してみるよ」
 
思いがけない形で、俺の心残りだった懸案は片付いたようだ。
思い残すことは、もうない。
これまでのマミの人生はあまりに辛く、酷いものだった。
すぐには無理かもしれないが、
人並みに学び、人並みに遊んで、人並みに恋をして、泣いて、そして笑って欲しいのだ。
マミが幸せで、いつも笑顔でいてくれるなら、
俺のこれまでにあったこと全てに意味が見出せるだろう。
例え、明日『定められた日』が来ても、俺は満足できるに違いない。


おわり


次回の話を読む


【引用元:死ぬ程洒落にならない話を集めてみない?

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この記事へのコメント

  1. 名無しさん 2016年02月10日 06:47:45

    胸糞


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